民事保全

 民事保全は、誰かに対して債権を有している人(債権者)が、その満足を得るために、債権を履行する義務を負う相手方(債務者)の財産・権利等をあらかじめ「保全」する手続です。

 例えば、知人にお金を貸したとします。
 ところが、知人は返そうとしません。
 そのうち、知人はお金に困ってきたのか、どんどん自分の車等の財産を売って、お金に換え始めました。
 そうすると、貸主としては、早く返してもらわないとその人の財産がなくなってしまい、取りっぱぐれてしまうおそれが出てきます。
 ところが、借主が自発的に返してくれない場合、日本ではこれを実力で取り戻すこと(自力救済)は原則として禁止されています。
 裁判所に訴えを起こして、払えという判決をもらって回収しなければいけません。
 この判決が、あなたには払ってもらう権利がありますよといういわばお墨付きといえます。
 しかし、裁判をすると数か月はかかるので、もし裁判が終わるまで待っている間に、借主に全財産を処分されたり隠されたりしてしまうと、回収が大変になります。
 そこで、将来の回収のため、事前に相手の財産を確保しておくことが必要になってきます。
 そのような手続が、民事保全の手続です。

 民事保全の命令は、申し立てによって裁判所が行います。
 民事保全の執行は、申し立てによって裁判所または執行官が行います。
 民事保全の手続に関する裁判は、口頭弁論を開かないですることができます。
 相手方の意見も聞くと、財産を隠されるなどのおそれもあるためです。
 民事保全の手続では、相手にも思わぬ損害を与えるおそれがあり得るため、それに備えて債権者は担保を立てなければならないことが通常です。
 保全命令の申し立ては、その趣旨、保全すべき権利または権利関係、保全の必要性を明らかにして行わなければならず、疎明(証拠等により、裁判所にそれらの主張が一定程度確からしいと理解をしてもらうこと)も必要です。
 保全命令は、当事者に送達されます。
 保全命令の申し立ては、取り下げることも可能です。

 保全命令には、仮差押命令、仮処分命令などがあり、以下それぞれ簡潔に記します。

仮差押え

 仮差押命令は、金銭の支払を目的とする債権について、強制執行をすることができなくなるおそれがある時、または強制執行をするのに著しい困難を生じるおそれがある時に発せられます。
 冒頭の例で、債務者の不動産や動産等の財産を確保しておこうとするのが、仮差押えです。
 具体的には、債権者が裁判所に申し立てて、相手の財産について仮差押えの決定を出してもらいます。
 これにより、相手の財産に仮差押えの登記がされたり(主に土地や建物等の不動産の場合)、執行官がこれを占有したり(主に不動産以外の物=動産の場合)、裁判所から銀行等に「払うな」という命令が送られたりします(銀行預金等の債権の場合)。

 仮差押命令は、債権が条件付きや期限付の債権である場合にも可能です。
 仮差押命令は、特定の物について発せられますが、動産の仮差押命令の場合は、目的物を特定しないで発することもできます。
 仮差押命令では、仮差押えの執行の停止を得るため、または既にした仮差押えの執行の取消を得るために債務者が供託するべき金銭(仮差押解放金)の額を定めなければなりません。

 こうして相手の責任財産を事前に確保するわけですが、上記の通り、これらは仮にとはいえ相手の財産を拘束してしまうので、もし後にそれが間違いだった場合、相手は大きな損害を受けることがあります。
 その時は、保全を求めた債権者がこれを賠償しなければなりませんが、その時に債権者にお金がないというのでは不公平です。
 そのため、債権者は、一定額の金銭を事前に供託所へ供託する等、原則として担保を立てなければなりません。

仮処分

 仮処分命令においては、裁判所がその申し立ての目的を達するため、債務者に対し、一定の行為を命じたり禁止したり給付を命じたり、または保管者に目的物を保管させたり、その他必要な処分をすることができます。
 仮処分命令では、裁判所は、保全するべき権利が金銭の支払を受けることで目的を達成できるものである時に限り、債権者の意見を聞いて、仮処分の執行の停止を得るため、または既にした仮処分の執行の取消を得るために債務者が供託するべき金銭(仮処分解放金)の額を定めることができます。

 仮処分命令は、係争物に関する仮処分命令と、仮の地位を定める仮処分命令とがあります。

係争物に関する仮処分

 係争物に関する仮処分命令は、その現状が変更されると、債権者が権利を実現することができなくなるおそれがある時、または権利を実行するのに著しい困難を生じるおそれがある時に発せられます。
 係争物に関する仮処分は、占有移転禁止の仮処分と、処分禁止の仮処分とに分けられます。

占有移転禁止の仮処分

 例えば、建物の所有者が、建物を不法に占有している人に対して、その明渡しを求める訴訟をしようと考えているとします。
 しかし、その訴訟中に、もし不法占有者が別の第三者をその建物に住まわせてしまうと、所有者はたとえ元の不法占有者を相手に訴訟をして勝ったとしても、改めてその第三者に対して訴訟をし、判決を取得しなければならず、その場合は訴訟が無意味になってしまいます。
 このような場合に備えて、裁判所が事前にこの不法占有者に対し、第三者へ占有を移転することを禁止する仮処分が、占有移転禁止の仮処分です。

 占有移転禁止の仮処分命令(係争物の引渡しまたは明渡しの請求権を保全するための仮処分命令のうち、①債務者に対し、係争物の占有の移転を禁止し、係争物の占有を解いて執行官に引き渡すよう命じるものや、②執行官に係争物の保管をさせ、かつ債務者が係争物の占有の移転を禁止されている旨や執行官が係争物を保管している旨を公示させるもの)で、係争物が不動産である場合には、裁判所は、その執行をする前に債務者を特定することが困難な特別の事情がある時は、債務者を特定せずに仮処分命令を発することができます。

処分禁止の仮処分

 例えば、建物の所有者が、所有者ではないのに自己が所有者として登記されている他人に対して、その登記を正す訴訟をしようと考えているとします。
 しかし、その訴訟中に、もしその他人が自分が登記名義人になっているのをいいことに、これを別の第三者へ処分して登記を移してしまうと、所有者は元の訴訟で勝ったとしても、改めてその第三者に対して訴訟をし、判決を取得しなければならず、その場合は訴訟が無意味になってしまいます。
 このような場合に備えて、裁判所が事前にこの他人に対し、第三者へ係争物を処分してしまうことを禁止する仮処分が、処分禁止の仮処分です。

仮の地位を定める仮処分

 仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について、債権者に生じる著しい損害または急迫の危険を避けるため、暫定的な措置を必要とする時に発せられます。
 例えば、①会社内で違法な手続により役員の解任や従業員の解雇等がされかねない場合に、役員や従業員としての地位を保全するための仮処分(地位を定める仮処分)、②違法な行為がされようとしている場合に、訴訟提起に先立って早急に違法行為の差し止めを求める仮処分(違法行為差し止めの仮処分)、③交通事故や暴力事件等の被害者が、その事故や事件等のために働けず生活に困窮している場合に、加害者に対して毎月一定の金銭の給付を求める仮処分(断行の仮処分)等が考えられます。
 仮の地位を定める仮処分は、権利関係の種類に応じて非常にたくさんの類型があり、上記は一例にすぎません。

 仮処分命令は、債権が条件付きや期限付の債権である場合にも可能です。
 仮の地位を定める仮処分命令は、原則として口頭弁論または債務者が立ち会うことのできる審尋の期日を設けなければ発することができませんが、その期日を設けることにより仮処分命令の目的を達することができない事情のある時は、それらの期日は不要とされます。

 なお、保全命令が常に正しいとは限らないほか、保全命令がなされた後にその判断の基礎となった事情に変更が生じる場合等もあるので、債務者は、その保全命令を発した裁判所に保全異議や保全取消しを求めることも可能です。

保全執行

 保全命令が発せられた後、保全命令の内容を具体的に実現する保全執行の手続へと進んでいきます。
 なお、保全執行手続も、保全命令手続と同様に、申し立てによって開始されます。
 なので、例えば仮差押命令が出されたとしても、それで自動的にその手続が進むわけではなく、債権者は別途仮差押命令を実行する手続すなわち執行の申し立てが必要になります。
 保全命令の送達から2週間が執行期間であり、それを経過してしまうと保全執行をすることができなくなってしまうので、せっかく発せられた保全命令を無駄にしないよう早急に保全執行の申し立てを行っていく必要があります。
 保全執行の内容は、手続ごとに異なりますが、不動産の仮差押えは仮差押えの登記での方法、動産の仮差押えは執行官が目的物を占有する方法、債権の仮差押えは第三債務者に弁済を禁止する方法、占有移転禁止の仮処分は執行官が債務者の目的物に対する占有を解き、保管すると共に、占有移転が禁止されていることと執行官が目的物を保管していることを公示する方法、処分禁止の仮処分は登記や仮登記等の方法によって、主に行われます。

 以上が民事保全の手続きで、いわば訴訟で判決をもらう前段階の「保全」措置です。

 民事保全の問題についても、お気軽にご相談ください。